○ けんか ○


いつものように学校帰り、ゼロスの待つ幼稚園へ行くと、すぐに走り寄ってくるはずのゼロスの姿が見当たらず、思わずきょろきょろしてしまう。
するとそれに気づいたリフィル先生が、珍しく困り顔で近寄ってきた。
「ごめんなさい、ゼロスなのだけど…どうやらルークと喧嘩してしまったみたいなの」
それで落ち込んでいる、ということらしい。
ルークは少し前にガイ(ルークをいつも迎えに来る大学生。兄弟ではないようだけど、どういう関係なのかはよく知らない)が連れて帰ったそうで、それでもゼロスはかたくなに部屋から出て来ないのだと言う。
とりあえず部屋まで行ってみると、もう子供の姿もまばらな室内の、すみっこに蹲る赤い物体。
「ゼロス」
驚かさないようにそっと声をかけたが、ゼロスはびくりと肩を揺らした。
ひざを抱えたまま、伺うようにこちらを見上げてくる大きな瞳が涙に濡れていて、嫌でも昔のゼロスを思い出す。抱き上げてぎゅっとしてやると、ゼロスも黙ったまま縋り付いてきたので、そのまま連れて帰ることにする。
いつもなら誰と何をした、という話を上機嫌に話すゼロスがじっと息を潜めるようにしているので、何も言えずにただ家路を目指した。




夕飯はゼロスの好物のカレーを作ってみたけど、やっぱり元気のないままだった。
喧嘩をしたということだったけれど、もう少し詳しい話を先生から聞いてくるべきだったかもしれない。だってゼロスは、俺が言うと親馬鹿みたいだけど(いや、親って年じゃあないんだけどさ!)本当にいい子なんだ。こっちがびっくりするくらい、礼儀をわきまえてる、ご近所の人気者だ。(マーテルさんちに遊びに行って、ジュースを出してもらったら「おかまいなく」なんて答えたというエピソードは一部で有名な話だ。一体どこで覚えた言葉だろう)
ともかく、そんなゼロスが人を傷つけるようなことを言うとは思えない。かと言って、ルークも多少わがままなところはあるが根はいい子だ。とても仲のいい二人だから、どんな事情があったのだとしても、けんかになってしまえばお互いショックだろう。
特に・・・ゼロスは。
どうしても、そういうことに過敏になってしまうだろうから。
「なあ、ゼロス」
「・・・」
精一杯のやさしい声で、ゼロスを呼ぶ。
「明日、ルークと仲直り、しような」
抱き寄せると、抵抗はなかった。小さな身体が、震える。
「・・・・・・おれさま、嫌われたかなぁ。ルークのこと、きらいって言っちゃったもん」
「大丈夫。ルークはゼロスのこと好きだよ。何があったか知らないけど、悪かったと思うならきちんと謝れば大丈夫だ」
「うん・・・っ」
ゆっくり言い聞かせるようにすれば、大粒の涙が溢れて落ち、それが落ち着くまで俺はただゼロスの髪を撫で続けた。




そして次の日。
恐る恐る幼稚園の門をくぐるゼロスの背を押して促してやっていると、前方から誰かが走ってきた・・・ルークだ。
ゼロスは瞬時に緊張したようだけど、それでも逃げずにルークと対峙する。ルークも何か言いたそうにしているけれど、口をぱくぱくさせるばかり。そこへ、
「ルーク・・・ご、ごめんな!」
ぎゅっと痛いくらい俺の手を握りながら、ゼロスが言った。
すると、ルークの目からも勢いよく涙が溢れ出した。
「お、おれもごめんなゼロス・・・!」
そこで感極まったのか、俺の手を振り切って、二人は熱い抱擁を交わした。そしてわんわん泣き始める。
「もう大丈夫、みたいだな・・・」
その様子を見ながら、ほっと息をつく。
そして、自分も遅刻しないよう、そっと踵を返す。
今日の夕方には、手を繋いだ二人が明るい笑顔で迎えてくれるんだろうな、と思いながら。



えんそく