○ おつかい ○



 事の発端は、ゼロスの一言だった。

「おれさま、おつかいにいきたい!」



 ・・・話を聞くとどうやら、同級生のアッシュとルークがこの間おつかいに行ったらしい。
 ロイドくんのおてつだいがしたいの、と澄んだ目で言われればお願いしたい気持ちはあるんだけど。
 けど、最近はどことも物騒だ。何があるか分からない。そ、それにルークとアッシュは二人で行ったけど、ゼロスは一人なんだし。
 確かにもう、そういうことができる年なのかもしれないけど、できればもう少し大きくなってからでもいいんじゃないかな、と思う。(どうせ俺は親ばかだよ!)
 けどゼロスは行くと言って聞かず、ついには拗ね始めたので、困りきって帰ってきた父さんに相談すると「そうだ、ノイシュを連れていけ」とか言われた。あれは絶対混乱してる。
 大体、ノイシュは確かに利口だけど、普通の犬よりかなり大きいから店の中には入れない。それにノイシュをつけたら安心かっていうと、そうでもないと思う。

 けどまあ、俺以上に親ばかな父さんの言動を見ていたら、俺は逆に冷静になれたかも。(ひどい? まあ、これが日常なんだ)


 色々考えた末、俺が出した結論は、ゼロスをおつかいにやることだった。たまたま遊びに来たコレットにも相談してみると、近所のスーパーなら安心じゃないかな、とアドバイスをくれたのだ。そこなら道も分かりやすいし、人通りも多い、おまけにそのスーパーでパートとして働いてるマーテルさんにはゼロスもよく懐いてる。
 それなら、なんとか大丈夫かもしれない。そう納得した俺は、ゼロスにカレーの材料を買ってきてくれるよう頼んだ。カレーはゼロスの大好物だ。じゃがいもと人参、たまねぎと牛肉。俺が渡したメモを確認してから、鞄に大事にしまいこむ。
「まかせてロイドくん!」
 本当に嬉しそうで、誇らしげに笑うゼロスに、ああ頼んでよかったなと思った。




「・・・なのに、ついていっちゃうんだ?」
「コレット・・・」
 靴を履き終えたところに声をかけられて、思わず情けなく眉尻を下げてしまった。いつから来てたんだろう。いつも思うんだけど、コレットって気配が読めないんだよな・・・。
 ゼロスはついさっき意気揚々と出て行った。
 けれど俺はどうしても気になってしまって、こっそり後を付けていこうとしていたのだった。
 もちろん、ゼロスを信じていないわけじゃない。けど、やっぱり心配なんだ。
 コレットはにこにこと「そうだよね」と言ってくれた。
 そして、コレットに送り出されて俺がこっそり家の角を曲がると、ゼロスはちょうど三叉路に差し掛かるところだった。俺が縫い付けた名前入りワッペンのついたお気に入りの鞄を振りながら、右へと曲がっていく。
 どうやら、出だしは順調のようだ。
 俺は少し安心してほっと息をつくと、ゼロスを見失わないようそっと後姿を追いかけていった。
 ・・・が、そこからが大変だった。
「えっと、スーパーは・・・こっちだっけ?」
 そう呟きながら駄菓子屋の角を左に曲がろうとするゼロスに、俺は叫びそうになった。
 違う、違うぞゼロス! そこは右に曲がるんだ!
 左には別の大型百貨店があり、何度か一緒に行ったことがあるから混同しているんだろうか。慌てて声をかけそうになるものの、前方からやってくる人物が視界に入り、ぐっとそれを堪えた。
「あれ、ゼロスじゃないか」
 道の向こうからやってきたのは、いつもゼロスがお世話になっている幼稚園のしいな先生だ。若くて活発なので、皆に好かれている。
「あ、しいなせんせー!」
 気づいたゼロスも、ぱたぱたと先生の方に駆け寄っていく。
「ゼロス、今日は一人かい? お兄ちゃんは?」
「おれさま、スーパーまでおつかいにいくんだぜ! それに、ロイドくんはお兄ちゃんじゃなくておムコさんだってばー」
 って、ゼロス、結婚は出来ないんだぞって言ったのに・・・!
 しかもお嫁さんじゃなくなってるし。道の角から覗きながら恥ずかしくなっていると、しいな先生も「そっかそっか」なんて言いながら少し照れているようだ。普段は男勝りなとこもあるのに、このテの発言に弱くて、とても純情だよなあ。
「でもゼロス、スーパーに行くならこっちじゃなくて、あっちの道じゃないのかい?」
「あ、そうだった!」
 そこで、俺が期待したとおり、しいな先生がゼロスの間違いを正してくれた。ゼロスは思い出したように両手をぽんと打ち合わせて、「せんせーありがとう!」と言った。うんうん、きちんとお礼が言えるなんて偉いぞゼロス。
「スーパーまで送ってってあげようか」
 先生はそう申し出てくれたんだけど、
「ううん、おれさまひとりでいくの!」
そうゼロスが言うもんだから、そうかいと言ってその場で別れた。でも、ゼロスの姿が見えなくなるまでそわそわ見守っていてくれているのが、なんだか嬉しかった。
 それからゼロスは道行く犬に気を取られたり、道を思い出すようにきょろきょろしつつも、きちんとスーパーまで辿り着いた。
 まだ小さいゼロスには大きすぎるカゴを持って、それでもしっかりとした足取りで中に入っていく。
 ここまで無事に来れたのだから、きっとゼロスはきちんと買い物をして帰ってこれるだろう。店の中にまで入っていて、ゼロスに見つかったら怒るだろうから、俺は名残を惜しみつつも、そっとその場を離れた。



 そして1時間後。
「ただいまロイドくん!」
「おかえりゼロス!」
 どうしても落ち着かずに玄関先で待っていると、ゼロスが満面の笑みを湛えて帰ってきた。
 ああもう、ゼロスはなんて利口なんだ!感極まってゼロスを抱きしめた後、じゃがいもやたまねぎは重いだろうから俺が持って入ろうとスーパーの袋を探したけれど、見当たらない。
「あれ、ゼロス、買ってきたものは?」
尋ねると、ゼロスは自分のバッグを両手で俺の前に掲げて見せた。そのバッグは、確かに行き際にはなかった膨らみがある。
「お、そっちに入ってるのか」
 両手に荷物を持つんじゃなくて、スーパーの袋もまとめて入れてしまえばいいって、ちゃんと分かってるんだよな。偉い偉い!
 誇るように差し出されたバッグを受け取りながら頭を撫でると、ゼロスはにっこりと笑った。
「うん。だって、スーパーのふくろがもったいないでしょ?」
「へ・・・・・・?」
「マーテルさんがいってたよ、“えこ”っていうんだよね」
「そ、そうだな・・・」
 自信満々に語るゼロスは、きっとマーテルさんに言われたからじゃなくて、自分から「袋はいらない」と言ったんだろう。そういえば、以前クラトスと買い物に行ったとき、クラトスがそんなことを言っていたっけ。
 しかし、大人でも面倒くさいやら何やらでなかなかできないことを、初めてのおつかいでやってのけるなんて。
 まるで5歳児とは思えないほどしっかりしたゼロス、これから成長したら、一体どんな子に育つんだろう?・・・それは少しだけそら恐ろしく、それでも、それ以上に楽しみな想像だった。
 けれど、ともかく今は、ゼロスを抱き上げて家の中に入り、一緒にカレーを作ることの方が大事なのだった。

「よーし、じゃあゼロスは人参の皮むきな!」
「うん!」